2016-01-31

文殊さん定期報告625

★恐れていた事故が起きた!

明日からの議員懇談会もありますので、今夜はもう一本上げておきます。

もう一ヶ月が経ってしまったのに何も進まない12/25の網野町での事故について、記事の依頼を受けて書いたものをここにも紹介します。
長いですが、興味のある方は参考にして下さい。

恐れていた事故が発生
「米軍基地建設を憂う宇川有志の会」 

昨年12月25日(金)の夜7:33頃に、経ヶ岬の米軍基地関係者が関係する深刻な交通事故が発生しました。現場は京丹後市網野町中心部に近い178号線の「魚政(うおまさ)」という鮮魚店のある信号機のある交差点。既に真っ暗で雨の降るとても寒い夜でした。
国道に直角に交差する細い道を海の方から反対側に向かって直進して入った地元の青年が運転する軽自動車と、国道を網野駅方面へ向けて入ってきた米軍属の運転する自家用普通車が衝突したという事故です。青年の車は大破、軍属の車は右側面に損傷。青年は全身打撲で全治3週間の負傷を負いました。
青年は青信号で安心して直進したところ、向こうは完全に赤信号無視で入ってきた。その軍属の車の後ろに2台信号待ちの車がいたことからもそれは明白と主張、ところが相手の軍属は自分は青信号で入ったと主張して、事故を目撃した第3者も現れず事故の確定は未だになされていないというのが現状(1/31現在)です。事故証明が出ないため、保険の手続きもできず、青年は困った状態が続いています。
車を運転していた軍属は、経ヶ岬の米軍基地にレーダーの技術者として勤務するアメリカ人(レイセオン社の社員)で、昨年3月にはホテルからの集団通勤を勝手にやめて網野町の高橋地区の借家に住むようになっていた人物。乗っていた車は八戸300のYナンバーです。この車が経ヶ岬の基地に通っているのは多くの方が目撃しています。事故時、この軍属は公務中ではなかったことも分かっています。

この事故について、いくつもの問題点があります。

その1、事故を起こした軍属の態度に誠実さが全くないこと。
 事故直後、青年は痛い身体を引きずって相手に抗議の声をかけたが、相手はスマホで喋っていて全く青年を無視して取り合わなかった(目も合わさなかった)。そこへアメリカ人の日本語を喋る人(この人物はレイセオンの責任者で軍属の上司に当たる人物であった)が車で来て、その車に運転の軍属が乗り「彼は一般人だ」と通訳がされた。これが「良好な隣人関係を築きたい」という米軍関係者の態度であったということです。
青年は110番をしようとしたが、スマホの調子が悪く、通りがかった女性がその様子を見て110番をしてくれた。

その2、事故直後を含め京丹後警察の対応がきわめて不適切であること。
 110番で駆けつけた京丹後警察は、現場の状況を見て、青年からの詳しい話は聞こうとせず、英語の分かる警官を中心に向こうの二人とばかり向こうの車のところで話をしていた。その中で、「運転者は一般人である。青信号であった。」という主張を通訳係の軍属が繰り返した。京丹後警察の警官達は、事故車がYナンバーであることを分かっていながら、運転者の身分や所属を確認しようとしていない。通訳係のアメリカ人の所属さえその時確認できていたのか怪しい。英語の堪能な警官がいながらどうしてそんなことであったのか。
 そんな場へ、連絡を聞いた青年の叔父が駆けつけ、警官が向こうと話している場へ行ったところ、その通訳係がその叔父が直接知っている人物であったため、問い詰められて言い逃れができなくなり、運転手がレイセオンの技術者であり、事故時は公務でなくプライベートな時間であったことを認めた。負傷した青年は、寒い中長時間放置されたままで、駆けつけた家族が急いで病院へ連れて行った。警察による青年の事情聴取はこの時は結局ないままということである。
 青年立ち会いの現場検証は1月6日に行われたが、現場では何故か警察の車から青年を降ろさずに車に乗ったままでやられ、本格的事情聴取は1月9日に網野交番で行われたがこの際も実況検分は車に乗ったままであった。
 警察はどうして当初から相手の身分を明確にする聞き取りをしなかったのか、青年からの聞き取りをしようとしなかったのは何故か。どうして現場検証は事故から10日以上も経ってから行われ、しかも車に乗せたままであったのか。
「事故の対応は、相手が米軍関係であろうが私達日本人と同等に行います」と何度も公言されてきたが、この事故では以上のようにそういうことが行われていない。もし、青年の叔父が向こうの通訳係と旧知でなければ、向こう側の詳しいことは何も知らされないままとなったことが予想される。Yナンバーであったことさえ曖昧なまま、青年が泣き寝入りさせられるような事態になっていた可能性が極めて高い。
向こう側の実況検分や事情聴取も別個にやられたと聞くが、未だに事故の状況は確定していないしそのメドも分からない。京丹後警察の対応には大きな問題がある。
因みに、青年の叔父さんが何故軍属の通訳係と旧知であったのかということだが、この方は丹後町の宇川に住んで国道沿いに住居があり、その庭の塀を基地関係の車が何度も壊すという事故があった。それに対して厳しい抗議を米軍に申し入れ、昨年8月に司令官以下が謝罪にきたということがあった。その時に司令官と一緒に来て通訳的なこともしていたのがこの人物であったという事情である。「憂う会」はこの方から常々いろいろと相談を受け協力をしてきたという関係になる。

その3、防衛局の対応が極めて不誠実であること。
 この事故について、当日の夜事故現場からその叔父さんによって防衛局の現地連絡所の担当者へ連絡が入れられた。その後の防衛局の対応は28日(月)に近畿中部防衛局の本庁から業務課長が青年のうちへやって来て、負傷の様子を尋ね、向こうの意向の確認と向こうの保険の連絡先と伝えることを約束して帰った。
その日のうちに向こうの保険会社(エース保険)の連絡先を伝えてきたが、この連絡先は繋がらず、調べてみるとその連絡先の支店は存在しないということが分かった。再度どういうことかと連絡を取ると、手違いがあったとしてその保険会社の事故対応センターを知らされた。そこへ連絡を取るとエース保険は「事故の軍属は青信号を主張しているので、私達は何もしない。」との答えであった。
この防衛局の業務課の担当は、このような不十分な保険会社の連絡先を仲介しただけで、軍属側の状況とか意向とかを青年に伝えるというようことは何もしていない。公務外の事故だから、当事者同士で勝手にやってくれということである。「事故が起きたら連絡をいただけば当事者に寄り添って適切に対応します」というのが、彼らの説明であったが、その実態がこれである。

その4、京丹後市の対応がよく分からないこと。
 京丹後市は、この件でどのような対応をしたのか。毎日新聞の12月27日の記事を見た市長が、米軍へ遺憾の意を伝え説明を求めたとのことである。その説明が1月14日に米軍幹部からなされて「身分を隠したわけではない」との弁明を受けた。これらは1月21日の基地対策特別委員会で副市長が明らかにしたことだが、事故発生以来市から青年に対して何らかの確認や情報提供などは何もなされていない。
 最も大切と事あるたびに市長が言ってきた「市民の安全・安心」が、現に脅かされる事態が発生しているのに、その当事者に対して何もないというのはどういうことか。

その5、米軍の誠意ある対応が何もないこと。
 米軍は、事故発生後早い段階でその状況を掴んでいたことは明かであるが、これまた青年に対して何の連絡もしてきていない。当初から「身分を隠した」という不信・疑惑を持たれているのに、そのことの説明をしないまま放置して、市の要求で仕方なく苦しい弁明をしたというような顛末である。軍属が所持すべき所属を示す「ヘルプカード」なるものを事故の軍属は持っていなかったということも明らかにしているが、その事も含め不信を招いた事への謝罪と説明が青年に対して何もなされていない。「良き隣人関係」はどこへ行ったのか。
 2月19日に丹後町久僧で起きた人身事故では、運転の軍属が即座に非を認め、基地関係者と防衛局が直ちに被害者に謝罪に行くなどがなされて、数日のうちに保険の対応が始まっている。そのことと今回の対応の違いは一体どういうことであろうか。
 久僧の事故は公務中であり、目撃者も複数いて、車はわナンバーのレンタカーであり、保険はそのレンタカーに付いているもの(十分な保障を完備)であった。今回の網野の事故は、公務外であり、目撃者がなく、車は軍属の個人所有者のYナンバーで、保険もその人物の入っているもの(その内容は分からない、基本は対人3000万、対物300万といわれる)であった。
久僧の事故では、運転者は非を認めても責任は負わなくてもよいが、網野の事故の運転者は自分の非を認めると全ての責任を個人で負わねばならないということ、ここが決定的に違う。

結論
米軍関係者の事故で公務外となると、その人は自分に非があっても動かぬ証拠が示されない限り絶対それを認めない。そういうことが、今後も起きてくるであろうということが、今回の件で明らかにされた。そういう車が今現在100台ほども京丹後市内を走り回っている。事が起きたとき、市民住民はどのように守られるのか、具体的な方策が京丹後市、京都府、防衛省に求められることとなってきた。今回の事故の示すものは極めて重大である。

以上です。 1/31(日)夜 2つ目

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