2016-08-01

文殊さん定期報告805

★今日から8月! 
★「立秋」は8/7からでした!
★韓国からの取材続く!!
★85番目の在日米軍基地!

本日2016年8/1(月)は、米軍基地工事開始から798日目(2年と67日)、レーダー搬入より651日目(1年と286日)、本格稼働586日目(1年と221日)でした。

またまたお詫びと訂正です。「立秋」は一週間後の8/7からでした。目の前の歳時記カレンダーの日付を何故か上の数字で判断してました。何だか早いなぁと思っていたらやっぱりそうでした。ゴメンナサイ。

今日から8月です。今日のお参りは少し早く、日の出近い朝日を拝みました。
いくら朝早くてもやはり発電気の騒音は変わりません。
自衛隊の工事も今週の作業が始まります。

韓国では7/13の星州へのサードレーダー基地建設発表以来大変な反対運動が現地で続いていますが、今週もこれまでとは別のマスコミが複数取材に来られるようです。経ヶ岬が直近のサードレーダー基地モデルとして注目を浴びているようです。

最近ある雑誌の依頼を受けてこの基地についての経過をまとめました。その内容を少し長いですが、紹介しておきます。

近畿にできた85番目の米軍基地、京都経ヶ岬!

米軍基地建設を憂う宇川有志の会

 日本列島のど真ん中、京都府の最北端に日本海に面した丹後半島というところがあります。その先端の経ヶ岬のごく近くに米陸軍のXバンドレーダー基地が2014年より作られ、稼働しております。部隊名は「米陸軍第14ミサイル防衛中隊」、基地名は「経ヶ岬通信所」です。
 基地の作られた場所は、「丹後松島」と呼ばれる絶景の中にあり、京都府レッドデータブックに登録され(「穴文殊」)、山陰海岸ジオパークの観光スポットにもなっているところです。南北朝時代からの由緒があって地元の信仰を集める九品寺という寺院の北側と東側に隣接し、その寺院の西側には航空自衛隊のこれもまたレーダー基地があります。
この地域は、行政的には京都府京丹後市丹後町の宇川地区と呼ばれているところで、人口約1400人、14の集落で構成されるいわゆる限界集落の地域です。

 2013年2月22日、アメリカを訪問した安倍首相が「2基目のXバンドレーダー基地を経ヶ岬に」(1基目は青森県の車力に2006年に配備)とオバマ大統領に持ちかけたことから、事は始まりました。丹後の人間全て、寝耳に水の話でした。それ以来、近畿中部防衛局と京丹後市が4回の住民説明会を開いて「心配することは何もない」「市民・住民の安全安心の確保は大前提である」と繰り返し、予定地の地区の足元を見た工作で地権者を懐柔して土地を確保し、2014年5月より工事強行、10月にはレーダーを搬入、12月末には稼働宣言と進んで現在に至っています。
 この基地の建設に際し、市長や推進議員が盛んに言った言葉に、「苦しんでおられる沖縄の皆さんの負担軽減にも寄与しなければならない」というものがありました。この基地が作られて、沖縄の皆さんの負担は少しでも軽減されたでしょうか。辺野古での国の暴挙を知るにつけ、その言葉の欺瞞を強く感じる一方で、それは「負担軽減」に名を借りて本土の各地に米軍基地を拡散していく「負担軽減詐欺」のようなものではないかと思われてなりません。

 私たち地元宇川の住民の知らないところで事が全て決められ、わけの分からない危険なものが押し付けられることは、地域全体の末代に関わる大問題だというやむにやまれぬ思いから小さな会(通称「憂う会」)を立ち上げ、できることをやってきました。
 宇川での私たちの活動は極めて地味なものです。基地前に集まって工事を妨害するというようなことはやったことがありません(やろうと思ってもできません)。ただ、毎日「文殊さん」にお参りをして、その変わりゆく姿を地域の皆さんに伝え、米軍、防衛局、京都府、京丹後市など当局の情報を掴んで動きを分析し、その問題点を広報し、様々な形で当局を問い質すということを続けてきました。

 私たちが当初から予想し当局に指摘した問題点は、①軍事的脅威にさらされる、②基地そのものの地域・環境に対する良からぬ影響が出る、③やってくる軍人軍属の治安はどうなる、④地域内部に混乱が起きる、などでした。市長は、13年の9月国との間に「住民の安全安心の確保が大前提」という10項目の約束を確認し、基地建設に協力することを表明しました。防衛局も建設工事などを含め「安全安心の確保を責任を持ってやります」と宣言しました。しかし、現実には工事での約束無視が初日から起こり、基地が動き出せば騒音問題や事故の多発、居住地の問題など私たちの当初の予想通りの困ったことが起きています。
 当初は約束違反などがあれば「協力撤回も辞さない」などと公言していた市長も、基地再編交付金が市に入るようになると一気にトーンダウンして「米軍最優先」という露骨な態度を取るようになりました。

 昨年12/25に京丹後市網野町の交差点で米軍属(経ヶ岬基地のレーダー技術者)と京丹後市内に住む青年の衝突事故が起きました。青年が狭い道から国道へ青信号で入って行ったら、赤信号を無視して軍属のYナンバー車が行く手を遮って当たったという事故でした。ところが相手の軍属は自分が米軍関係者でないような言動を取り、青信号で入ったと主張、駆けつけた警察もYナンバーを認識していながら(認識しているが故に?)まともな事情聴取をやらないという実態が明らかとなりました。
 結局そのYナンバーの運転者は基地に勤務するレイセオン社(Xバンドレーダーの製造企業)の社員で勤務時間外の事故であり、赤信号無視の目撃者も出てきてその悪質さは明かとなりました。しかしその人物はあくまでも青信号を主張して譲らず、先の見えない裁判まで争う事は無理と判断した青年は泣く泣く「五分五分の示談」に応じるという泣き寝入りの結末となりました。
 この米軍関係者と市民の事故から分かったことは、①警察は捜査はするが市民側に立った対応はせず市民に有利な事は何も言わない、②検察は示談となればその内容がどうであれ即不起訴とする、③防衛局は「市民に寄り添う」と口では言うが、相手の保険業者を教えるだけで何もしない、④市は「市民の泣き寝入りなどあってはならない」と言いながら防衛にしっかりやれと意見するだけで直接には何もしない、⑤米軍は「良き隣人関係を}といつも口にするが「公務外」となれば一切関わらないということです。
 かくして市民は泣き寝入りを余儀なくされる。これが話に聞いていた日米地位協定の偽らざる実態ということです。
 今年1月24日には宇川地域で基地警備の軍属(シェネガ社の社員)を乗せたワゴン車が吹雪の中人家の庭に突っ込んで逆立ちするというような事故も発生しました(左右に数mズレていたら人家に激突でした)。今後更に悪質で悲惨な事故や事件が危惧されます。最近の沖縄の事件事故は当然ながら対岸の火事ではありません。

 一方、経ヶ岬の米軍基地は単なる一レーダー基地ではなく、極めて重要な施設であることが分かってきました。昨年6月25日ケネディ駐日大使がこの基地を激励に訪れ、10月16日には防衛省の河野統合幕僚長も視察、12月10日には中谷防衛大臣が訪問し米軍基地に隣接する航空自衛隊の基地内(米軍の本部がここにある・・?)でカルデナス米司令官が出迎えるということでした。
 安倍政権が目指す集団的自衛権の名の下のアメリカ軍と自衛隊の合同軍がすでにここでは実現し、戦争の最前線基地となっているということです。沖縄の辺野古で強行しようとしている米軍基地と密接にリンクしながら東アジア全体の安全を脅かす基地であると私たちは考えています。
 経ヶ岬の米軍基地は、小規模ではあるけれども軍事的な意味からは辺野古と何ら変わりない存在であり、本土への米軍基地拡大の突破口となり、北近畿全体を広大な軍事基地化していく要となる危険を含んだ場所だと認識しています。

 去る4月24日、京丹後市では市政開始後4回目の市長選、市議選が行われました。市長選はどちらも自民党系の候補者2人の一騎打ちとなりましたが、断然強いと思われた4期目を目指す現職中山氏が落選し前議長の三崎氏が当選するという番狂わせが起こりました。その勝敗を分けたのが米軍基地問題でした。私たちの会は京丹後全体の仲間達とともにこのお二人に公開質問状を出し、回答のあった(「安全安心が不十分である」)三崎氏の姿勢を評価、三崎氏は選挙最終盤で「米軍基地問題のあらゆる不安を解消する市独自の制度を作る」という公約を掲げました。
 市議選では定員22名に26人の立候補という激戦を制して基地問題を取り上げた共産党の4名が全員当選を果たしました。その総得票数が5170票、市長選の票差は2647票(17,960vs15,313)でした。

 当選した三崎新市長は早速「(米軍との事故での)市民救済の独自制度を作る」と表明し(4/25)、6月6日には具体的な制度として弁護士の無料相談、訴訟費用の市の支援を打ち出しました。これは在日米軍基地を抱える全国の自治体のどこにもない制度であり、基地問題での極めて大きな一歩であると、先ずは評価をしています。しかし一歩でしかないことも確かです。これだけでは市民の泣き寝入りは防げません。

 日米安保体制、日米地位協定という国策の中、保守的で物言わぬ住民の圧倒的に多い状況を前に、私たちの運動はあたかも蟷螂の斧のようにも思われます。しかし、今回の選挙が示すようにこの3年半地道にやってきたことはしっかりと実を結んでいると確信しています。
 基地問題の取り組みを通じて、京都市内、近畿一円、沖縄を始め全国の仲間、さらには外国の仲間とも連帯のネットワークを築くことができました。今後とも私達は京丹後宇川に旗を立て続けます。 (2016/7/初旬)

8/1(月)夜

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